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無題

「死刑囚に最後の言葉は許されないのですか、裁判長?」
「着席しなさい、ミスター・ヘクスキャンプ」
「わたしにはその権利がないのですか?死を目前にした男に、最後に数語口にすることすら
許可されないと?」
「あなたは犠牲者たちに最後の言葉を許可したのかね、ミスター・ヘクスキャンプ?」
マーズデン・ヘクスキャンプはすぐには反応せずに考えこんだ。おもしろがっている様子が
さっと顔に浮かぶ。「数人は、たっぷりしゃべりましたよ、裁判長」
「人でなし!」傍聴席のいかつい顔の男が立ちあがり、拳を振りあげた。酔っているようだ。
「着席して静粛にするように。さもないと退席させますよ」ペンフィールドが言った。優しい
と言ってもよさそうな口調だ。男はどさりと着席して、両手に顔を埋めた。
ヘクスキャンプが言った。「で、閣下?しゃべってもいいのですか?」
ウィロウ刑事が見ていると、ペンフィールド判事の視線は傍聴人たちの期待に満ちた顔をさ
っと走っていき、記者たちで止まった。マーズデン・ヘクスキャンプが最後に公の場で述べる
言葉を記録しようとしている記者たち。ペンフィールドは腕時計を軽く叩いてみせた。
「三十秒許可しよう、ミスター・ヘクスキャンプ。救いのための祈りを捧げる時間に」
ヘクスキャンプのほほえみが消えた。両目が炎のように燃えあがった。「救いはばかどもの
国にあるものだよ、判事さん。がらんどうの頭のからっぽの場所だ。重要なものはわたしたち
が死後にむかう場所じゃない、世界の卑しいアトリエにいるあいだに創作するものだ……」
「人殺し!」傍聴席で女が叫んだ。

「狂ってる!」くつの女が声を張りあげた。
ペンフィールドが小槌を叩いた。「静粛に!あと十秒だ、ミスター・ヘクスキャンプ」
へクスキャンプは傍聴席のほうを振りかえった。その視線がウィロウを見つけ、一瞬そこで
留まってから、判事へともどった。「永続するのは人生のアートー捕らえられた瞬間だよ、
號珀のなかの蜘蛛のように。捕らえられてもなお、魔術的な力で這っていけるもの。噛みつけ
るもの。影響をあたえることができるもの……」
「五秒だ」ペンフィールドはこれ見よがしにあくびをかみ殺した。この侮辱にヘクスキャンプ
の顔は赤く染まった。
「おまえはウジ虫だ!」ヘクスキャンプはペンフィールドに叫んだ。「みじめで、さもしい生
き物、役立たずで、なんの価値もなく、崇高なるアートを軽蔑して湧いてくる汚らわしい虫
め!」
「時間切れだ、ミスター・ヘクスキャンプ」ペンフィールドが言った。「取り乱すこともなく、
まとめられたようだね」
マーズデン・ヘクスキャンプは判事をねめつけた。そこで、体操選手のように軽々と被告人
席の上に飛びあがった。「ラール・ドゥ・モマン・フィナール」ヘクスキャンプはわめいた。
「セ・モワ!セ・モワ!セ・モワ!」
ラール・ドウ・モマン・フイナール
〃最期の瞬間のアート〃lウィロウ刑事は考えた。高校でフランス語を学んだ二年間が甦っ
セ・モワていた。〃それはわたしだ“
「守衛、その男を着席させるように」ペンフィールドは言った。小槌がふたたび叩き台に降ろ
されて音が鳴る。
ペンフィールドの背後の動きがウィロウの目に留まった。判事室の扉がゆっくりとひらき、
デスク、書棚、ローテーブルが見えてlそこで戸口にあの泣く女が現れた。法廷に入ってく
るとヘクスキャンプの足元で立ちどまった。群集は息を呑んだ。口径の大きな銃が女のドレス
の檗から現れた。銃があげられ、引き金にあてた女の指に力が込められていく。
女はまた泣いていた。マーズデン・ヘクスキャンプの目を見つめていた。
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