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稼ぎのためのストーリー

ウィロウは扉脇の守衛に会釈し、混みあった法廷へと入室して、詫びを繰りかえしながら人
混みを掻きわけ、傍聴席の割りあてられた場所へとむかった。被告人側のすぐうしろだ。座る
時間はなかった。「全員起立」廷吏が声をあげ、法廷にいた二百人がひとつの波のように立ち
あがった。
ただひとりだけが座りつづけていた。ブロンドの痩せた男。被告人席に座り、ストライプの
囚人服をサヴィル・ロウ仕立てのスーツを着た男のような気合いで着こなしている。その男、
マーズデン・ヘクスキャンプは脚を組み、上になった脚を身体の内側から惨みでるような気怠
いリズムで揺らしていた。乱れた髪の房が額に落ちかかり、水色の目が際立って見える。ヘク
スキャンプは傍聴席を振りかえり、鮮やかなジョークのオチを聞いたようにほほえんだ。ウィ
ロウに気づくと、ほんの一瞬だけ、ほほえみは揺らいだ。被告人側の弁護士がヘクスキャンプ
の肩を叩き、手のひらを上にむける仕草をして、ここで起立して入廷する判事を迎えるようク
ライアントに指示した。

マーズデン・ヘクスキャンプはさっと横をむいて、弁護士の手のひらに唾を吐いた。
嫌悪に震えてズボンで手を拭く弁護士を、ウィロウは見つめていた。ほかにそのささやかな
一幕に気づいた者はなく、全員が、巡回判事のハーラン.T・ペンフィールドが判事席に堂々
とした歩きぶりでやってくるところを見ていた。小柄なペンフィールドは、この郡の井戸と同
じくらい深い声と、どんな不法行為も見逃さない贋のような鋭い目で、迫力を補っていた。ペ
ンフィールドの目がマーズデン・ヘクスキャンプをにらみ、ほほえみとだるそうな会釈を返さ
れた。ペンフィールドは半円レンズの読書めがねを鼻に載せ、判決が書かれた紙を広げた。裁
判最初の週の最後には到達していた結論だ。

「われわれは本日ここに、マーズデン・ヘクスキャンプに対する刑の宣告のために集まりまし
た」ペンフィールドが平坦な調子で言った。「これをもって、われわれに嫌悪と狼狽とをあた
えつづけ、陪審員二名が審理の途中での退任を余儀なくされた日々を終わらせることになりま
す。退任した陪審員のうち一名は、現在も神経の失調にて療養中であり。…:」
マーズデン・ヘクスキャンプの弁護士が立ちあがった。「裁判長閣下、それは本件とは関係
のないl」
「着席するように」ペンフィールド判事は命じた。腰を降ろした弁護士は、自分の役割を終え
ることができて安心しているようだった。
「被害を受けたのは、陪審員だけではありません」ペンフィールドは流れるようにつづけた。
「ミスター・ヘクスキャンプから、霧のように広がってくる地獄の匂いを嗅いだ者全員です」
マーズデン・ヘクスキャンプはまるで乾杯の声に応えるようにワイングラスをあげる仕草を
した。細い手首に巻かれた鎖がチャイムのように鳴る。ペンフィールドは口をつぐみ、被告人
を見つめた。「あなたのふざけた態度がこの法廷を悩ますことは、もはやないだろう、ミスタ
ー・ヘクスキャンプ。アラバマ州によってわたしにあたえられている権限により、あなたをホ
ルマン刑務所に送り、願わくば記録的な早さで、電気椅子にて死刑とすることを宣告する。そ
して、あなたのなかでなにがもがいているにしろ、それに対して神のご慈悲を」ペンフィールドの小槌が落ちると、マーズデン・ヘクスキャンプが立ちあがった。座らせよ
うとする弁護士の手を振りはらう。
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