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たまにはアフィリエイトの話

「集合知」検索やiTMSのレコメンデーションなど、あらゆる形をとりうる。おか
げで消費者にとっては、ニッチなコンテンッを見つける「探索コスト」が安くなる。
経済学で探索コストと言えば、欲しいものを見つける方法に関わることすべてを指す。時間
や手間、間違い、混乱のような非貨幣的なコストの場合もあるが、誤って購入したり、安い代
替品がないために多く払いすぎたりといった貨幣形態をとる場合もある。したがって希望の価
格で欲しいものを見つけるのに役立つ要素は、何であれ探索コストを下げていることになる。
この点は後でまた見ていくことにするが、いちばんいい探索ガイドは他の消費者だ。みんな
がいいと思うものには僕たちも引きつけられる。ネットフリックスやグーグルは、何百万もの
消費者の行動を観察してレコメンデーションや検索結果に生かす形で、人々の集合知を利用し
ている。またユーザー・レビューやブログに感想を書く消費者たちは、それぞれがガイドだ。
このように容易に草の根の情報を得られるようになったため、新たに何か欲しいものを探す
にしても、見つかる速度が驚くほど速い。そこで自分の守備範囲を超えたものも探してみよう
かという気になる。この経済効果が、需要をニッチのほうへと向かわせる。

第1章ロングテールー大衆市場から無数のニツチ市場へ
客の人口はかぎられているIたぶん普通の映画館なら半径一五キロ以内で、音楽や書店はも
っと狭く、ビデオレンタル店はさらにずっと狭くなる(ほんの二、三キロだ)・だから優れた
ドキュメンタリー映画でも、国内に観客が五○万人潜在するというだけではだめで、メリーラ
ンド州ロックビル市北部に何人いるか、カリフォルニア州ウォルナット・クリーク市にどのく
らいいるかが焦点となる。
多くの熱狂的ファンを獲得する可能性がありながら、店舗型小売業者のそうした基準を超え
られない優れた作品はごまんとある。たとえば貢ルヴィル・ランデブー』は批評家から高い
評価を受け、二○○四年のアカデミー賞長篇アニメーション映画部門にノミネートされたが、
公開時上映していたのは全米でたった六カ所だ。もっと驚くのはアメリカでポリウッド映画が
苦戦していることだ。インドの映画産業は毎年八○○点を超える長篇映画を製作しており、し
かもアメリカに住むインド人は推定で一七○万人もいる。ところがヒンズー語の一流映画ラフ
ガーン』が上映されたスクリーンは、全米で二つしかない。しかも『ラガー皇はその年アメ
リカで配給にこぎつけた、ほんの一握りのインド映画の一つだ。地理に支配される世界では、
ぱらぱらと分散した観客は、いないも同じになってしまうのである。
もう一つの物理的制約は物理の性質そのものだ。無線周波スペクトルを利用できるのは決ま
った数のラジオ局だけだし、同軸ケーブルを利用できるのもかぎられたテレビ局のみ。そして
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もちろん番組にも一日二四時間という制約がある。放送技術の弱点は、ふんだんに使わねばな
らない資源が、かぎられていることだ。やはり結果として、その地域にいる幾多の視聴者を十
把一絡げにせねばならない。この高いハードルを越えるため、本当はもっと多いはずのコンテ
ンッのほんの一部しか提供できないのである。
前世紀、エンタテインメント産業はこうした制約を解決するため安易な手を使った。ヒット
作を出すことだけに集中したのだ。なんといってもヒット映画は映画館で上映され、ヒット商
品はどんどん売れ、人気番組は視聴者を引きつけておける。それは本質的には悪いことではな
い。社会学者は、ヒット作は人間の心理に組みこまれているI社会順応性と口コミが組み合
わさった結果だIと言うだろう。確かにたくさんのヒット作が重要な地位を占めている。ノ
リのいい曲や元気になれる映画や刺激的な本は、多くの人々の目を引きつけられる。
でも、ほとんどの人はヒット作以上のものを求めている。みんなの嗜好は主流から離れ、ど
こかへ向かいつつある。新しい選択肢を開拓すればするほど、その世界にすっかりはまってし
まう。ただここ数十年は不運にも、産業界が切実に求めてつくった、誇張して売りこむような
マーケティング手段によって、売れない選択肢が脇へ押しやられてきたのである。
後でもっと突っこんで話すが、ヒット主導型の経済は、すべての人にすべてのものを提供す
る余裕がない時代の申し子にすぎない。この時代には、すべてのCDやビデオゲームを並べら
いや、まだまだ。再びグラフを拡大し、さらに右へと突き進もう。テールの先つぼにある一
○万から八○万位だ。このあたりの曲はよほどの専門店でないと見つからない。
う。ここ一世紀の間、曲線の左側ばかり見つめてきたけれど、右側を向くのだ。とまどうのも
わかる。右には何もなさそうだから。でも実はそうじゃないのだ。先ほどのグラフをじっくり
眺めてほしい。もっと近づいて見れば、二つのことがわかる。
まず一つめ。曲線はゼロにならない。ゼ口のように見えるのは、ヒット作の販売数が大きす
ぎて縦軸の一目盛が小さくなっているからだ。ではニッチの実態をさらにつかむため、売れ筋
にはグラフから完全に消えてもらって、曲線をもっと拡大してみよう。二つめのグラフは、前
のグラフの後に続く二万五○○○位から一○万位までの曲線だ。曲線が横軸にくっつかないよ
うに、縦軸の一目盛りを広げた。見ればわかる通り、曲のダウンロードの回数はまだまだあな
どれないほどある。このあたりはたいした需要がないとずっと思われていたが、一カ月平均二
五○回ダウンロードされているのだ。ところで、売れない曲は各販売数が少ないものの、わん
さとあるので足せば一気にたいした数になる。これが二つめのポイントだ。遠くからだと横軸
とぶつかっているように見える曲線の下にある曲すべてを足すと、実は月に約一三○○万回も
ダウンロードされている計算になるのであり、これはラプソディの総事業のほぼ四分の一に当
確かにロングテールにはたくさんのガラクタもある。だけどラジオで流れるようなヒット曲
が入ったアルバムの中にだって、そうとうガラクタがあるじゃないか。CDだと聴いている途
中で飛ばす必要があるけれど、インターネットなら(個人向けのレコメンデーションを参考に
も見つかる。
ラプソディのようなオンライン小売業者にとっては、市場は限界がないように見える。ラプソ
ディの上位六万曲はもちろん、一○万、二○万:::それどころか九○万ゞいやもっと多くの曲
すべてが少なくとも一カ月に一度は売れる。ラプソディが新たに曲を加えるやいなや、世界の
どこかにそれを聴く人があらわれる。たとえそれが月に一握りだとしても。
これがロングテールだ。
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無題

「死刑囚に最後の言葉は許されないのですか、裁判長?」
「着席しなさい、ミスター・ヘクスキャンプ」
「わたしにはその権利がないのですか?死を目前にした男に、最後に数語口にすることすら
許可されないと?」
「あなたは犠牲者たちに最後の言葉を許可したのかね、ミスター・ヘクスキャンプ?」
マーズデン・ヘクスキャンプはすぐには反応せずに考えこんだ。おもしろがっている様子が
さっと顔に浮かぶ。「数人は、たっぷりしゃべりましたよ、裁判長」
「人でなし!」傍聴席のいかつい顔の男が立ちあがり、拳を振りあげた。酔っているようだ。
「着席して静粛にするように。さもないと退席させますよ」ペンフィールドが言った。優しい
と言ってもよさそうな口調だ。男はどさりと着席して、両手に顔を埋めた。
ヘクスキャンプが言った。「で、閣下?しゃべってもいいのですか?」
ウィロウ刑事が見ていると、ペンフィールド判事の視線は傍聴人たちの期待に満ちた顔をさ
っと走っていき、記者たちで止まった。マーズデン・ヘクスキャンプが最後に公の場で述べる
言葉を記録しようとしている記者たち。ペンフィールドは腕時計を軽く叩いてみせた。
「三十秒許可しよう、ミスター・ヘクスキャンプ。救いのための祈りを捧げる時間に」
ヘクスキャンプのほほえみが消えた。両目が炎のように燃えあがった。「救いはばかどもの
国にあるものだよ、判事さん。がらんどうの頭のからっぽの場所だ。重要なものはわたしたち
が死後にむかう場所じゃない、世界の卑しいアトリエにいるあいだに創作するものだ……」
「人殺し!」傍聴席で女が叫んだ。

「狂ってる!」くつの女が声を張りあげた。
ペンフィールドが小槌を叩いた。「静粛に!あと十秒だ、ミスター・ヘクスキャンプ」
へクスキャンプは傍聴席のほうを振りかえった。その視線がウィロウを見つけ、一瞬そこで
留まってから、判事へともどった。「永続するのは人生のアートー捕らえられた瞬間だよ、
號珀のなかの蜘蛛のように。捕らえられてもなお、魔術的な力で這っていけるもの。噛みつけ
るもの。影響をあたえることができるもの……」
「五秒だ」ペンフィールドはこれ見よがしにあくびをかみ殺した。この侮辱にヘクスキャンプ
の顔は赤く染まった。
「おまえはウジ虫だ!」ヘクスキャンプはペンフィールドに叫んだ。「みじめで、さもしい生
き物、役立たずで、なんの価値もなく、崇高なるアートを軽蔑して湧いてくる汚らわしい虫
め!」
「時間切れだ、ミスター・ヘクスキャンプ」ペンフィールドが言った。「取り乱すこともなく、
まとめられたようだね」
マーズデン・ヘクスキャンプは判事をねめつけた。そこで、体操選手のように軽々と被告人
席の上に飛びあがった。「ラール・ドゥ・モマン・フィナール」ヘクスキャンプはわめいた。
「セ・モワ!セ・モワ!セ・モワ!」
ラール・ドウ・モマン・フイナール
〃最期の瞬間のアート〃lウィロウ刑事は考えた。高校でフランス語を学んだ二年間が甦っ
セ・モワていた。〃それはわたしだ“
「守衛、その男を着席させるように」ペンフィールドは言った。小槌がふたたび叩き台に降ろ
されて音が鳴る。
ペンフィールドの背後の動きがウィロウの目に留まった。判事室の扉がゆっくりとひらき、
デスク、書棚、ローテーブルが見えてlそこで戸口にあの泣く女が現れた。法廷に入ってく
るとヘクスキャンプの足元で立ちどまった。群集は息を呑んだ。口径の大きな銃が女のドレス
の檗から現れた。銃があげられ、引き金にあてた女の指に力が込められていく。
女はまた泣いていた。マーズデン・ヘクスキャンプの目を見つめていた。

稼ぎのためのストーリー

ウィロウは扉脇の守衛に会釈し、混みあった法廷へと入室して、詫びを繰りかえしながら人
混みを掻きわけ、傍聴席の割りあてられた場所へとむかった。被告人側のすぐうしろだ。座る
時間はなかった。「全員起立」廷吏が声をあげ、法廷にいた二百人がひとつの波のように立ち
あがった。
ただひとりだけが座りつづけていた。ブロンドの痩せた男。被告人席に座り、ストライプの
囚人服をサヴィル・ロウ仕立てのスーツを着た男のような気合いで着こなしている。その男、
マーズデン・ヘクスキャンプは脚を組み、上になった脚を身体の内側から惨みでるような気怠
いリズムで揺らしていた。乱れた髪の房が額に落ちかかり、水色の目が際立って見える。ヘク
スキャンプは傍聴席を振りかえり、鮮やかなジョークのオチを聞いたようにほほえんだ。ウィ
ロウに気づくと、ほんの一瞬だけ、ほほえみは揺らいだ。被告人側の弁護士がヘクスキャンプ
の肩を叩き、手のひらを上にむける仕草をして、ここで起立して入廷する判事を迎えるようク
ライアントに指示した。

マーズデン・ヘクスキャンプはさっと横をむいて、弁護士の手のひらに唾を吐いた。
嫌悪に震えてズボンで手を拭く弁護士を、ウィロウは見つめていた。ほかにそのささやかな
一幕に気づいた者はなく、全員が、巡回判事のハーラン.T・ペンフィールドが判事席に堂々
とした歩きぶりでやってくるところを見ていた。小柄なペンフィールドは、この郡の井戸と同
じくらい深い声と、どんな不法行為も見逃さない贋のような鋭い目で、迫力を補っていた。ペ
ンフィールドの目がマーズデン・ヘクスキャンプをにらみ、ほほえみとだるそうな会釈を返さ
れた。ペンフィールドは半円レンズの読書めがねを鼻に載せ、判決が書かれた紙を広げた。裁
判最初の週の最後には到達していた結論だ。

「われわれは本日ここに、マーズデン・ヘクスキャンプに対する刑の宣告のために集まりまし
た」ペンフィールドが平坦な調子で言った。「これをもって、われわれに嫌悪と狼狽とをあた
えつづけ、陪審員二名が審理の途中での退任を余儀なくされた日々を終わらせることになりま
す。退任した陪審員のうち一名は、現在も神経の失調にて療養中であり。…:」
マーズデン・ヘクスキャンプの弁護士が立ちあがった。「裁判長閣下、それは本件とは関係
のないl」
「着席するように」ペンフィールド判事は命じた。腰を降ろした弁護士は、自分の役割を終え
ることができて安心しているようだった。
「被害を受けたのは、陪審員だけではありません」ペンフィールドは流れるようにつづけた。
「ミスター・ヘクスキャンプから、霧のように広がってくる地獄の匂いを嗅いだ者全員です」
マーズデン・ヘクスキャンプはまるで乾杯の声に応えるようにワイングラスをあげる仕草を
した。細い手首に巻かれた鎖がチャイムのように鳴る。ペンフィールドは口をつぐみ、被告人
を見つめた。「あなたのふざけた態度がこの法廷を悩ますことは、もはやないだろう、ミスタ
ー・ヘクスキャンプ。アラバマ州によってわたしにあたえられている権限により、あなたをホ
ルマン刑務所に送り、願わくば記録的な早さで、電気椅子にて死刑とすることを宣告する。そ
して、あなたのなかでなにがもがいているにしろ、それに対して神のご慈悲を」ペンフィールドの小槌が落ちると、マーズデン・ヘクスキャンプが立ちあがった。座らせよ
うとする弁護士の手を振りはらう。

無題

ジェイコブ・ウィロウ刑事は、でかでかと〃この人殺しめ、死ね″と書かれたプラカードを
迂回し、〃罪人は悔い改めろ!″と記されたプラカードをよけた。聖書を振っているやつれ顔
の説教師を肩で押しのけ、服を汗まみれにして怒る太ったご婦人がたのあいだをどうにかすり
抜けた。裁判所の前に押し寄せている群集からようやく抜けだしたウィロウは、階段を一段抜
かしで駆けあがろうとしてつまずき、一段ずつにもどした。扉の横にある壺に煙草の吸い差し
を落とし、建物に入る。目指す法廷は二階。刑事はここでも階段を駆けあがっていき、あがり
めまいきった頃には目眩を感じていた。法廷に通じる廊下の角に目を凝らし、〃泣く女″に会わないことを祈った。

だが泣く女はいた’朝には日が昇るように当然と言うべきか。二十フィート離れた位置で、
大きさが信徒席ほどのオーク材のベンチに腰かけ、黒いドレスと黒いベール姿、膝に肘をつき、
両手に顔を埋めている。ウィロウは腹のあたりに罪悪感が固まっていく気がした。泣く女から
視線をそらした。


裁判所警備員のウィンデル・レーサムが、階段を昇りきったところにある折りたたみ式テー
ブルの奥に座っていた。大きな裁判用の検問所。レーサムは椅子をうしろに傾けて鹿狩りナイ
フで爪を切っていた。白い三日月がぴんと張った制服の腹のあたりに散らばっている。
「どうやら、いつものように遅刻したらしいな、ウィロウ刑事」レーサムはほとんど顔もあげ
ずに言った。「いますぐ入らんと、判決を聞きのがすぞ」

ウィロウは泣く女のほうへあごをしやくった。「あの女が去ることはないのか?」
またもや三日月が宙返りした。「今日で消えるだろうよ、ウィロウ。もう見るものはなくな
るんだからな」ウィロウは女が両手に顔を埋めたままでいてくれるように願い、つま先立ちで法廷へむかっ
た。泣く女に呼び起こされる感情が嫌でたまらなかった。もっとも、女が何者かさっぱりわか
っていなかったが。ある者は女がマーズデン・ヘクスキャンプの被害者の母親だと言い、ある
者は姉妹か叔母だと言った。だが本人に質問を投げても、何か同情の言葉をかけても、まるで
うるさい蜂にやるように追いはらわれるだけだった。

厚いベールをかぶったこの奇妙な女は、法廷の群集にはすぐさま目に見えない存在となった。
真鐡の壺、すなわち吸い殼であふれる灰皿と同じぐらいあたりまえになった。女は三週間の例
の公判中に一度も法廷に入らずに、大理石の柱のホールを、思いのままに嘆き悲しめる自宅の
居間と同一視したらしく、冒頭陳述から先週の有罪評決まで、ここですすり泣きをつづけた。
悲嘆に暮れているのだと考えた警備員たちは寛大なところを示し、泣く女に裁判所内を自由に
歩きまわらせ、判事の不在時には判事室で昼寝をとることを許した。
ウィロウは深呼吸をすると、底の固い頑丈な靴が許すかぎり軽い足取りで、法廷の扉を目指
して歩きはじめた。女の横にさしかかると、女が顔をあげてベールが歪んだ。このとき、初め
てウィロウは泣く女の顔を見た。その目に驚かされた。涙の跡はまったく見られず、不屈の意
志が表れた目だった。同じくらい驚いたのは、女が若いことだ。二十代初めのようだった。女
の視線を感じながら、罪悪感を法廷にもちこむような気分で扉へと歩きつづける。
彼はこの罪悪感をl夜明け前に抱くことが多いl自分はアラバマ州警察の刑事になって
まだ二年、知性で強化された悪辣な狂気を即解する経験が欠けていたのだと、正当化しようと
していた。州警察の忠犬たちとの衝突が思いだされる。アラバマ南部で一見脈絡なく起こって
いる恐怖には関連があり、州、郡、モビール市の各警察で連携した大々的な捜査が必要だと説
得しようとしたときのこと。あのときの説得が見事に失敗したように、罪悪感の正当化もうま
くいかなかった。ウィロウは夜明け前に汗を流し、裁判で毎日、性的な異様さと殺人の残忍さ
が暴かれるあいだもずっと同じ汗を流しつづけた。

ヘリコプターの中は真っ暗になった

「やれやれ。お次はみんなでパーティ用の帽子でもかぶって、どんちゃん騒ぎなんてこと
になるんじゃないですか」「話はまだある」「でしょうね」ここまでの状況を考えると、何でもありだろう。

「すまない」ロ、ハーッは髪を片手で柿いた。ほかの隊員と同じように長い髪だ。部隊が諜
報活動を行なっている時、一般市民にまぎれこみやすいからだった。「武装ヘリが一帯の
不審な動きを一掃し、われわれが進みやすいようにしてくれた。だが、戦闘部隊の支援に
呼び戻されたため、これ以上は助けにならない」


「まったくくそくらえだ」
SEALが限界に挑むのは珍しくもなかった。いや、限界以上のことにも。年中、そん
な経験をしていたのだ。


「だから着陸地帯を変えるんだ」
それでも、もう一つの選択肢は、選択肢とも言えなかった。
山のてつぺんに着陸するなんて、ヘルメットに赤い電球を光らせてサイレンを鳴らして
いるようなものだろう。ぴょんぴょん飛び上がって、こう叫んでいるにも等しい。〃おー
い、おれたちはここにいるぞ。完全武装した過激なテロリストさんたちよ!さあ、撃っ
てごらん

しかし、辞書で「柔軟性」という言葉を探せば、「特殊部隊の戦闘テクニック」の項目
に出ているに違いない。
「危険性がゼロならいいという人間を求めたければ、ガールスカウトでも送り込むほうが
ましだからな」ザックはつぶやいた。
階級が上だから、任務を決定するのは大尉の仕事だった。ザックの仕事はその達成方法
を見つけることだ。
困難なことでも、ザックの部隊はたちどころにやってのけるだろう。
不可能なことを達成する場合には、もう少し時間がかかるが。
明るい面は、操縦士のシェーン・ギャレットー陸軍のエリートである、第160航空
特殊部隊、通称ナイト・ストーカーズの一員Iがヘリコプターの操縦の達人だというこ
とだった。この九カ月あまりにわたって、彼が操縦するヘリのおかげで何度となく部隊は
15
任務を成功させてきた。だから、シェーンは幸運のお守りのように考えられていた。
ややあって、不格好なチヌークはようやく離陸した。乗員はザックの部隊、レンジャー
部隊、海兵隊、そしてCIA諜報員が二名だった。諜報員の一人は、イラクでサダムを追
い始めた日からザックが見覚えのある男だ。SEAL隊員たちは暗視ゴーグルを目の上に
引き下ろした。これがあると敵を見つけるのに有利なだけでなく、いかにもSEALらし
い。
銀貨のような月を雲が覆い、ヘリコプターの中は真っ暗になった。だが、ザックにはク
イン・マッヶイドが見えた。SEALの基礎訓練プログラム、BUD/Sでザックと一緒
スナイパースボッター
だったクインは、部隊の狙撃手となったのだが、観的手のサックス・ドウチェットの隣に
座っていた。サックスはルイジアナ州南部出身のケージャンで、iPOdのイヤホンから
聰こえるらしいジャズに合わせて体を動かしている。
海軍で訓練を受けた衛生兵のルーカス・チャフィーは、メディックバッグの最終点検を
行なっていた。昔の格言に倣って、楽観して最悪の結果に備える、という主義のチャフィ
ーは万全の準備をしている。ゞヘストバックも尋ハックパックも、それらからぶら下がってい
るサプライバッグも満杯になっていた。